15歳の米国人中学生の留学体験記。日本という国で、日本人と生活し、日本文化を体験する彼と、彼と関わりを持つ方々が体験した異文化交流の記録である。そこには多くの日本人が抱く「国際交流」という華やかさはない。

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■ はじめに 目次
01 真の国際交流?
02 デミアン来日のいきさつ
03 受入れ態勢
04 思わぬ難題
05 日本の役割
06 ホストファミリー
07 混迷する査証(ビザ)
08 大和魂を学びたい
09 入国審査
10 デミアン君の来日
11 学校と家庭
12 異文化
13 いじめ
14 生徒の反旗?
15 深まる謎
16 憂える国際化の末路
17 家庭生活
18 文化摩擦
19 血尿
20 修学旅行
21 お金の問題
22 異文化の狭間で
23 どうすべきであったのか
24 自由とは何か
25 いじめの中の帰国
26 終わりに

筆 者: 濱 田 純 逸

01.真の国際交流?

1995年のクリスマスイブの日に、6カ月間の鹿児島県桜島中学校での留学を終えて、デミアン・ノーバッシュ君(15才)は、アメリカ、カリフォルニア州に帰国した。帰国前、中学校で開かれたお別れパーティーでは、「別れることのつらさを、生まれて初めて体験した」と語ってくれた。そして、「必ずまた、ここに帰ってくる」と言い残して、彼は帰っていった。

そして、年が明けて、1月12日付け、南日本新聞の朝刊、ニュースあとさきのコーナーに、「けんかした、議論した、理解した」という見出しで、次のような記事が掲載された。

「鹿児島郡桜島町の桜島中学校(川嵜学校長、156人)に留学していた、米国人少年デミアン・ノーバッシュ君(15)が、昨年12月末帰国した。日本ではあまり例のない中学留学。わずか半年間の滞在だったが、議論し、取っ組み合い、理解し合った子供たちのふれあいは、真の国際交流の在り方だったのではなかろうか。」(以下略)

果たして、新聞で指摘されたように、彼の留学は、真の国際交流のあり方を示していたのだろうか。彼を裏方としてお世話したものとしては、また、国際交流や異文化理解と、一年365日、向き合って、その有るべき姿を模索している者としては、最近の日本の巷で、とみに目にするこの国際交流という言葉には、内心、穏やかではない。彼の体験を通して、今、流行の国際交流という言葉にある、「真実と虚像」を抉り出してみたいと思うようになった。

益々、軽薄化していく国際交流という美名の中で、実施されるホームステイを中心とする実質的な海外旅行や安易な国際交流事業と、二つの異文化が出会う真の摩擦現場は、雲泥の差である。本物の戦場とテレビゲームの戦場と、同等同質の差であろう。現場で血を流し、苦悩する満身創痍の精神状態は、リセットすれば、思い出だけというバーチャルな体験とは、根本的に異質のものである。そんな真実を誰もが知らず、理解せず、それを娯楽的に考えていれば腹立たしいし、教育的に考えていれば滑稽である。また、国際交流に参加すれば、いろんなことを学べるだろうと、誰しもが、その教育性を安易に誤解していることに閉口する。さらには、国際交流でありながら、交流と言うには程遠い、時には、交流とは無縁の一方通行による、国際交流なるものの実態を目の当たりにすれば、心の底からの慟哭がある。

彼が体験した真実と異文化摩擦を再考し、検証すれば、我が国の、これから先の国際交流と異文化理解の参考程度にはなるだろう。そんなことを思いながら、この顛末記をしたためてみた。

02.デミアン来日のいきさつ

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