アカデミックホームステイに参加したある中学生のホームステイ記録(日記)です。彼女がホームステイの中で、何を感じ、何を思い、何を考え、何を得たのか。

HOME > ある中学生のホームステイ日記 > 17日目 08月16日

 
■ はじめに 目次 登場人物
■ 01日目 07月31日
■ 02日目 08月01日
■ 03日目 08月02日
■ 04日目 08月03日
■ 05日目 08月04日
■ 06日目 08月05日
■ 07日目 08月06日
■ 08日目 08月07日
■ 09日目 08月08日
■ 10日目 08月09日
■ 11日目 08月10日
■ 12日目 08月11日
■ 13日目 08月12日
■ 14日目 08月13日
■ 15日目 08月14日
■ 16日目 08月15日
■ 17日目 08月16日
■ 18日目 08月17日
■ 19日目 08月18日
■ 20日目 08月19日
■ 21日目 08月20日
■ 22日目 08月21日
■ 23日目 08月22日
■ 24日目 08月23日
■ 25日目 08月24日
■ 26日目 08月25日
■ 27日目 08月26日
■ 28日目 08月27日
■ 29日目 08月28日
■ 30日目 08月29日

筆 者: 濱 田 純 逸

●08月16日 土曜

昨日二食ぬいた【注072】のがすごくこたえている。ずっと前から計画していたドライブの日だからか、いつもと同じようにみんな笑っている【注073】。私も忘れることにしようと思ってはいるけれど、心の奥に壁が残っているのがチクチクする【注074】。湖の近くのすばらしい景色のみえる家にいて、体全身で楽しめないのが残念でしかたかない。ドライブ中は酔わないようにするためにずっと寝ていた【注075】。夢に昨日のことばかりが出てきて私を苦しめた。ジムの笑顔でやっと安心できたような気がする。近くの山を歩いたのはなかなか楽しかった。スカートをはいていったから、大きな木には登れなかったけど大木の中には入れた。頭上を見るとちっちゃな穴から光がもれているのが見えた。写真に残せないのがとても残念だ。ホストファミリーは、どんどん危ないことをやってのける。日本人だったら、絶対子供にはやらせてくれないだろう。これが外人のいいところかな。Tryの精神が強いのか。日本人はあまり先のことを考えすぎるみたいだ。私がその代表かな? この頃悪い方にばかり考えてしまう。昨日のこともやっぱり聞いてみるべきだ!! すっきりしないまま日がすぎても進歩がない。キャシーと二人になれる時がきたら、勇気が出せるように心の準備をしておこう。結果は考えずに【注076】。ここはLake Quinault。すばらしい所なのにおなかはペコペコ、心は落ちつかず、私は何をしようとしているんだろう【注77】。

注072
8月15日は、その事件の後、そのまま部屋で眠り、翌日の朝も食事をとらなかったらしい。彼女がいかにわだかまりを持ったままの状態であったということが、容易に理解できるくだりである。そして、最大の佳境に彼女は突入していく。この日の日記のひとこと、ひとことが意味深長で興味深い。散文ながら、一言一句が心に響き、長い物語のあらすじがそこに見える。
注073
アメリカ人の感情の表現は素直であり、乾性の直情的な感情である。日本人の様に陰湿で、根を張る感情ではない。すなわち、後に感情的なしこりは全くと言っていい程、残っていないのである。「いつもと同じようにみんな笑っている。」と書く彼女だが、相容れない価値観を持つ者としては、そんな家族のみんなを理解できず、異邦人としての自分を感じるしかない。そこに居たたまれないほどの気持ちがあり、英語でうまく伝えられない自分もいるし、うずくまったまま考えている彼女がいる。
注074

前注と反対に、彼女の日本人の心情が対比して書かれている。わだかまりは依然として消えず、心の奥に壁が残っていると告白する。忘れようと努力しても忘れられない、真面目で、真剣な彼女の存在は誰も否定できないのである。そして、苦悩するばかりで、何事も進展しない事態と自分自身の有様を見つめ始める。

注075
おそらく酔わないようにするためでもあろうけれど、正面から見ることのできない気持ちも強かったに違いない。寝ていたというより、寝ようとしていたという気持ちが本音であろう。夢に昨日のことばかりが出てくるというのは、昨日のことばかりを考えていたということの証左であろう。
注076
実際は、最後までキャシーにこのことは聞けなかったそうである。
注077

この山行は彼女にとり、非常に感動的な、そして革命的な事であった。前日の事件の陰うつな感情的しこりが彼女の中には、依然として残っていたようで、あらゆる忘想が彼女の脳裏をかすめたに違いない。真剣すぎる、深刻すぎる、さらに、悲観的すぎる日本人の人生観に、「余裕」はない。「遊び」はない。余りにも「直截的」過ぎるのである。昨日の事件の後、煩悶、呻吟する彼女の眼の前にあるのは、いつもと変わらぬ平然としたキャシーであり、二人の姉妹であり、ジムなのである。すなわち、大きな老木の中の「闇」は彼女の姿であり、そこから見えた「小さな光」は、「ケセラセラ(悔やんでどうなるのよ。どうせ人生、なるようにしかならないわ。)」と高らかに歌う行動力にあふれた彼らの生きざまに外ならない。危ないことでもどんどんやってのける彼ら、トライ、トライと言いながら前向きに生きていく姿勢を見せる彼ら。かたや、昨日のことが頭から離れないず、同じ所でうずくまっている彼女。だからこそ、「日本人は、あまり先のことを考えすぎるみたいだ」と告白する彼女の真情、実感に胸を打たずにはいられない。その時、「私はいったい何をしようとしているんだろう。」と言った彼女が、帰国後、次の作文を書いている。つまり、この日記の最終行におけるこの自分への問いかけは、明白にこの作文の中で解答されているのである。この日記を読んだ後にこの作文を読めば、その背景が理解できるだけに、なお一層の感慨が深い。そして、彼女がこの困難から何を学ぶことができたかを、私達は容易に知ることができるのである。


「試みること(TRY)」

暗やみにとざされた古い大木の中で見あげた、あの一点の光を、私はいつまでも忘れないだろう。白くまぶしく輝いていたあの光を、いつかこの手でつかんでみせる。「ミ・ユ・キ!」二人の妹達におこされて、私は目がさめた。起きてみると、車はうす暗いほどの山の中。まわりの木々には緑色のつたさえかかっている。私が日頃見なれないこの風景に目をパチクリやっているうちに、車の中はいつのまにか一人になっていた。四人の私の家族と案内役の白髪の見える女の人は、どうやら山の中に入るつもりらしい。こんな所でおいていかれるのはいやだから、まだねむい目をこすりながら、後をおいかけた。

こんもりと茂るこの山奥にはもちろん道なんてありはしない。通りを邪魔する木の枝や、イバラをおしわけ進んでいく。それなのに私のかっこうというのが、白いスカートに、うす紫色のブラウスなのだ。イバラにかかってしようがない。だれだって「湖の近くに泊りに行くんだよ」と言われれば、少しはきれいな洋服を着たくなるとは思うのだけれど、みんないつもと変わらないかっこうで家を出発したのだ。なんとなく、いやな予感はしていた。でも、まさか急に車をとめて山歩きしようとは。「Look! Look!」お母さんのキャシーが何かを見つけたらしい。私がやっと先頭のキャシーに迫いついた時は、もう、その何かに触っていたところだった。その何かというのが、無気味なほど巨大な大ぎのこ。背すじが寒くなるほど気持ちが悪い。それなのに、みんな触ってみたり、摘みとってみて観察している。私のかわいい妹達さえも、顔色ひとつ変えずに触っている。案内役の女の人とキャシーは、もっぱら辞書でそのきのこを調べている。キャシーは何にでも興味を持って、いろいろ質問しては、小さなメモ帳に記録している。私はただつっ立っているわけにもいかないから、その大ぎのこを枯れ枝でつつきながら、心の中で「食べられませんように・・・。」とずっと祈っていた。あいにくその大ぎのこは辞書にも載ってなかったらしい。もし、食用だとしたら、きっと喜んで、しばらくはきのこ狩りになっただろう。

ところどころに生えているブルーベリーを食べながら、また進んでいくと、私の大好きな大木があった。あのどっしりした身体に根をいっぱい張ってたたずんでいる姿は、どこで見てもいいものだ。老いた大木のねじれた幹に、また何か見つけたらしいお父さんのジムが、ワァーワァー興奮している。大木への入口を見つけたのだ。みんなもう、すごい喜びようだ。双子の姉妹キムとラナから順に六人共全員入ることができた。そこはひんやりとして、暗黒につつまれている。複雑にねじれた幹の影がうすく見えているようだ。なにげなく上を見上げてみた。みんな沈黙している。いつもは興奮すると、叫び、騒ぐ私の家族さえも今は声が出ない。ただ一点が白くまぶしく輝いているだけなのに・・・。どんなにすばらしい才能をもつ画家であっても、また、どんなに豊かな作家でさえも、あの色と輝きだけは、絶対に表現することはできないだろう。

沈黙の続く暗黒の中で、私はそっと考えた。「どんなに遠くても、どんなに悲しいことがあっても、自分の道をまっすぐ歩いて行こう。」そして、最後に行きついた所がどんな所であっても、それはそれでいいじゃないか。まず、試みること。」遠い異国で、私はすばらしいものを得た。これからは、いろんなことをやってみよう。いろんなことを見てやろう。大ぎのこを、平気で触っていた妹達のように、何でも興味を持った父さん・母さん達のように。帰りの車の中、私のまっ白なスカートが、大木の黄色い粉で汚れているのに気がついた。

 ⇒ 翌日(18日目 08月17日)へ

登 場 人 物
中学二年生のホームステイ参加者/鹿児島県出身 田中みゆき
ホストファーザー/ワシントン州シアトル市在住 ジム アレトン
ホストマザー キャシー アレトン
7歳の双子の姉 ラナ アレトン
7歳の双子の妹 キム アレトン
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