ホームステイと留学のMNCC
このホームステイは、観光旅行ではありません。「体験学習」であり、「人材育成」プログラムです。生活体験や文化交流による「異文化学習」が、その大きな目的であり、日本の家族を離れ、異なる環境の中で、ひとりで生活することによる「自立」もまた、目的の一つとしています。

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アカデミックホームステイ

〜 2018年度パンフレット掲載分 〜

>>  2017年度

■ 自分のことは自分でする 宮崎県大淀小学校6年 野村 菜々子
私がこのホームステイで自分が変わったと思うところは、いろいろな人に積極的に話しかけたり接したりすることができたところです。以前は、緊張したりお母さんがいないとできなかったりしたのですが、今はたとえ相手が外国人でも、がんばって話しかけることができます。これは、ホストファミリーのマザーとファザーが教えてくれたことです。一人で生活できることや、自分のことを自分でするというところも教わりました。これからも続けたいです。楽しかったことは、ホストファミリーと行ったショッピングと、みんなで行ったアウトレットモールです。店の人の英語はわかりづらかったけれど、マザーがゆっくり言ってくれたので、なんとなくわかりました。アウトレットモールでは、知らない人がたくさんいて、英語ばかりで頭が痛くなりそうでした。いつの間にか店員さんから言われた金額を払うことも出来るようになっていました。とてもうれしいです。この15日間、あっという間に過ぎてしまいましたが、ここで学んだことを今後に活かしていきたいと思います。 

■ 人生で一番短い3週間 沖縄県球陽高校2年 大城 理依香
ホストファミリーが迎えにきてくれたとき、大きな画用紙に「Riyoka」と書いてあって、とても印象に残っています。はじめは、思っていたよりも年配の方だなという印象で、笑顔で優しく私をむかえてくれました。車に乗せられて、話しかけられたけど、緊張で何も聞き取れなくて、ホストファミリーを不安にさせてしまいました。家に着くと、部屋に案内されて、荷物を片付けて少し会話をすることができました。それから一週間は、ホームシックがひどくて、あまり楽しむことはできませんでした。前半は慣れることに必死で、大変なこともありました。気候に体がついてこなくて、体調をくずしたり、ごはんが合わなくて、食欲が全くなかったり、苦しかったです。でも、ホストファミリーや先生方がいろいろ助けようとしてくれて、乗り越えることができました。国が違うだけで、食べ物も大きく違うし、起きる時間や寝る時間も全然違いました。ガイドブックには、アメリカでは「依存」ということはないと書いてあったけど、私はホストファミリーに依存してしまったなと思っています。日本に帰っても、第二の家族だと思いたいくらい、ホストファミリーのことが大好きになりました。出発するとき、別れるのがさびしくて、3人で泣きました。I love youと言われたのは、一生忘れられないと思います。人生で一番短い3週間でした。 

■ Thank youでは足りない感謝の気持ち 長崎県北諫早中学校2年 田原 裕汰朗  

最初にアメリカに来たときは、ビクビクした。日本から離れるのがいやだった。でも今は、アメリカから離れるのが嫌だ。ホストブラザーのAndrewがゲームを誘ってくれて、楽しかった。ゲームのほかに、バドミントン、スイミング、サッカー、トランプ、いっぱい遊んだ。本当にAndrewには感謝している。折り紙を教えるときは緊張した。でも、すごく喜んでくれた。あと、料理は作ろうか迷っていたけど、作ってよかった。大成功した。アメリカに来る前は、料理が口に合わないとか全部甘いとか、食に関することを色々言われて心配もしていたけど、Scottが作る料理は本当においしかった。ぼくのお気に入りの食材はとうもろこしと言ったら、その日の夜はとうもろこしをゆでてくれた。そして、最後のdinnerもとうもろこしだった。すごくうれしかった。おいしかった。お父さんは、「アイス食べたい?」と聞いてきて、Yesと言ったら、家に無かったらしく、車でお店まで連れて行ってくれた。ぼくのためにそこまでしてくれて本当にありがたい。というのも、Thank you so muchぐらいのwordしか出てこなくて、もっと感謝を表現したかった。もうあのベッドで寝れない。朝食を食べれない。サンドイッチを作れない。あのプールで泳げない。一緒にゲーム、バドミントンができないとなると、本当に悲しい。でも、アメリカ人のようにポジティブにいきたい。そしてもう一度、何年後でもいいから、アメリカに行って、ホストファミリーにもう一度会いたい。 

■ 不安なスタートからの成長 熊本県八代清流高校2年 藤川 奈美  
正直、最初は英語を学びに行くのではなく、アメリカに行ける!という喜びの方が先でした。そんな甘い考えで行ったオリエンテーションで、いろんな話を聞き、一気にパラダイス気分がなくなりました。携帯も持っていってはいけない、音楽プレイヤーも持っていってはいけないと言われたときは、本当にやばいと思いました。2回目のオリエンテーションが終わって、出発当日まで不安が大きくて、行きたくありませんでした。だけど、空港ですぐ友達ともなじめ、不安は少しおさまりました。アメリカまで何時間もかかるフライトも初めてでした。アメリカに着き、一番不安だったホストファミリーとの初対面。Welcomeボードに名前が書かれていて、ホストファミリーはみんな優しく、不安は一瞬で消え、アメリカモードに切り替わりました。英語は本当に分からなかったけど、言いたいことは分かってもらえて、不自由なく生活できたので、よりアメリカが好きになりました。必死に英語を覚えようと頑張れるので、会話が成り立つくらいまで成長できました。英語も、単語を聞き取り理解できるところまで成長できました。高2の夏は、部活動に専念するところを、アメリカで過ごせ、とても大事なファミリーが出来ました。また絶対アメリカに戻ってきます。 

■ アメリカで学んだ3つのこと 鹿児島県国分中学校2年 大久保 海姫  
このホームステイで学んだことは、人の優しさ、自分で動かないと誰も動いてくれない、そして家族の大切さです。人の優しさは、ホストファミリーがステイさせてくれたり、悲しいことがあればハグしてくれたりしたのが、私はすごくうれしかったし、私もこんな風になりたいと思うことができました。次に、自分で動かないと誰も動いてくれないということです。昼ご飯は自分でしっかりと作ったりしました。お手伝いも、普段はしない私が、自分から進んでするようになり、少しは成長したかなと思いました。最後は、家族の大切さです。アメリカに来る前、私は家族が嫌いでした。でも、アメリカに来た時、いつもそばにいてくれた人がいなくなると、心がすごく痛くなり、泣いてしまいました。これからは、もっと家族を大切にしたいと心から思いました。 

■ 言葉の壁から触れられた優しさ 福岡県和白丘中学校2年 阿蘇品 理子  
最初はあまりホストファミリーの言っていることが分からなくて困りました。でも、ホストファミリーがゆっくりしゃべってくれたり、一つ一つの単語で言ったり、ジェスチャーをしてわかるようにしてくれて、少しずつわかってきました。最初の授業はまず、ジャーナルクエスチョンから始まりました。このホームステイでの授業では、アメリカのどんなところが好きか、将来の夢、好きな祝日など、たくさんの質問に自分で英語で答えました。間違うこともあったけど、しっかりTCの先生が訂正してくれるから、そこでいろんなことが学べました。 

■ Let’s try! 沖縄県国頭中学校3年 黒塚 茉莉菜  
アメリカに来る前は、一人で出来ることが少なく、本当にやっていけるのかと不安でしたが、いざアメリカで過ごしてみると、ホストファミリーに何かを伝えなければいけない時、今自分が何をしたいかを伝えなければいけない時がたくさんあり、コミュニケーションをたくさん取っているうちに、色々なことに「Let’s try!!」というポジティブな考えになってきて、いままで自分がやらなかったことにもトライしました。そうしていくうちに、自分でできることが増えていきました。アメリカに来られた事、ホストファミリーに出会えた事、学校の先生と出会えた事など、アメリカで起こった事の全てが私にとってプラスの経験で、全てに感謝したいです。 

■ ホストファザーとの会話 佐賀県武雄高校1年 蒲原 宗  
ホストファザーのアンディとは、何度かシリアスな話をする機会があった。それはとても難しく、私の英語力ではついていけない部分が多くあり、上手く答えられないことが多かった。アンディとの会話の中で私が大きく心を動かされたのが、日本の英語教育である。アンディが言うには、アメリカ人はほとんどがインフォーマルな英語を用いるという。「なぜ日本はそこまでフォーマルな英語を教えるのか。」と聞かれたとき、とても頭を悩まされた。何かしらの理由があるにせよ、私もアンディに同感した。アメリカで生活していて私が英語を聞き取れなかった時、その原因を考えると、もちろん単語を知らないということもあるが、インフォーマルな英語だったからなのかもしれない。私はアンディからたくさんのことを学んだ。そして私は、アンディにたくさんのことを教えた。これこそ、ギブ&テイクの精神かと理解した。私はこの経験をたくさんの事に活かしたいし、周りの人にも自分の経験を伝えたい。 

■ ホームステイで体験できたこと 大分県大在小学校6年 宇野 佑唯  
ホームステイでできるようになったことは、気づかいができるようになったことと、注意力が上がったことです。ほかの人のためにドアを開けたり、次のことを考えて動いたり、危険なことが起きないように気をつけたりすることが出来ました。ホームステイをしている中でおどろいたことがたくさんありました。一つめは信号機です。たてに3列や5列ならんでいるものや横に2列にならんでいるものなど、たくさんあってびっくりしました。二つめは、気候です。午後8時でも明るいのでおどろきました。このホームステイでたくさんの思い出ができました。一つめは、文化のちがいを発見できたことです。消防署に行ったり、アメリカの生活を体験したり、学校に行ったりして、食事や土足で家の中に入ることなど、初めての文化だったけれど、体験し発見することができて、とても良い思い出になりました。二つめは授業です。すべて英語で、とても難しかったけれど、先生の話を聞いているとだんだん慣れてきて、言っていることがわかってきました。三つめは、Tシャツを作ったことです。ピンクと黄色のタイダイTシャツが出来上がるのが、とても楽しみでした。四つ目は「さよならパーティー」です。みんなでおどった「恋ダンス」、「ラジオ体そう」、個人の出し物など協力して進めることができて、とても楽しかったです。私のホームステイの目的は、今まで習った英語を使うことでした。知っている単語をたくさん使うことができました。そして、異文化も体験することができ、友だちと仲良くなって最高の15日間でした。日本でもっと勉強して、またアメリカに行きたいです。 

■ 母との衝突を乗り越えて 鹿児島県志學館中等部3年 馬場 翔子  
私がこのホームステイに行こうと思ったきっかけは、生の英語に触れてみたい。日本という小さな国を飛び出して、あのアメリカに行ってみたいという願望が強かったのと、そしてなにより同じ学校の仲良し2人が参加するからでした。その時はただ、「行きたい!行きたい!」という気持ちだけで、これからの事を何も考えていなくて、母と説明会へ行ったときに、思い知らされました。母に「学校の宿題はどうするの?絶対終わらないよ。パスポートも取らないといけないし、準備もいろいろと大変だよ。」と言われました。そして母と口論になり、センターの人に止めに入られたほどでした。それでも、アメリカには絶対に行きたかったので、母に「絶対宿題は終わらせます。準備も出来る範囲は全部するから、お願いします、行かせてください。」と言って説得しました。宿題は、学校が閉められるギリギリまで残ったことも何度もあったし、準備もほとんど自分でしました。本当に大変だったけど、頑張れたのは、絶対にホームステイへ行くという強い思いがあったからです。いざアメリカに行ってみると、その国土の大きさと、人々のおおらかさというか、フレンドリーさにとても驚きました。最終日は本当に帰りたくなくて、わんわん泣きました。このホームステイを通して、何にでもトライする力と、頑張って説明できる力が養えたと思います。そして日本に帰ったら、高いお金を出してホームステイへ行かせてくれたお母さんに、しっかり「ありがとう。」とお礼を言いたいと思います。 

■ 太平洋を横断してよかった 沖縄県多良間中学校3年 美里 亜紗美  
アメリカでの生活の楽しみはたくさんある。ガイドブックに日記を書くのだったり、みんなと過ごす昼食や、昼食の献立決めだったり、放課後に車を待つ時間、トランポリン、犬。アメリカっていうだけで幸せなのに、また一つ一つの嬉しさや楽しさが生まれてきて、本当にホームステイしてよかったなと思えた。ホストファミリーも、仕事をしてきて疲れているはずなのに、毎回休みの日にどこかに連れて行ってくれて、感謝。一日一日思い出すたび、内容が濃くてすごいなと思う。卒業式みたいなシーンでは、我慢して我慢して涙を止めていたけど、やっぱり今までの生活や思い出が頭をよぎって、たくさん泣いた。アメリカでの生活は、幸せだった。太平洋を横断した自分をほめてあげたい。 

■ 二つの異文化交流 東京都暁星高校1年 宮田 聖希  
今回のホームステイでは、僕以外のメンバーが鹿児島から、僕一人だけ東京から参加しました。成田で他のメンバーと集合する予定でした。他のメンバーは鹿児島で一度会っていて仲良くなっていると思って、とても不安でした。他のメンバーと合流し、会ってみると、やはりメンバー同士で仲良くなっている様子でした。しかし、飛行機に乗る前に時間があり、そこで仲良くなれました。メンバーのホストファミリー同士が仲が良かったりして、遠いところに他のホストファミリーと行くことがありました。僕を含め、3人でシアトルへ行きました。シアトルは、セーラムでは見ない東京のような雰囲気でなつかしいような気もしました。毎日楽しいことが続くと、一日一日が早く感じてしまうもので、あっという間に最終日になっていました。成田に着いてからは、みんなとの別れがとても寂しかったです。優しいメンバーばかりで、「鹿児島へいつでも来ていいよ。」と言ってくれて、とても嬉しかったです。今回のホームステイでは、二つの異文化交流ができたと思います。また、友だちとプログラムは、楽しい忘れられない思い出になったと感じています。 

■ アメリカで評価されるためには 長崎県創成館高校3年 近藤 瑠優  
アメリカ人は、チャレンジする人を決して笑うことがない。良いところでとてもやさしく見守ってくれる。質問をすると、必ずそれに応えようとしてくれる。このような場所でホームステイできたことは、必ず自分のためになると思う。アメリカでは、自分から進んで行動することが一番の評価であり、その行動が必ず意味のある行動として考えられていることが多いと感じた。学校でも、そのような人の方が評価が高くなり、同時にその行動は、自分のためになっていて、とても見ていて勉強になった。このホームステイは、大きな自信になったと思う。アメリカで過ごした全ての時間、ずっと忘れられない体験ばかりで、これからもずっと、自分の中に残り続けていくことだと思う。 

■ 大好きなママに会いたい 沖縄県西原中学校3年 永嶋 希吏  
ホストファミリーは基本ママ1人で、たまにママのボーイフレンドのマイクが来る、という感じで、毎日楽しかった。でも、8月に入ってすぐに、ホストファミリーが変わるということを知らされてびっくりした。ママからは何も聞かされていなかったし、体調も良くなって、食事にも慣れ始めて、アメリカ好き!帰りたくない!と思い始めたころだったから、すごく悲しくなった。そこから、毎日ママと写真を撮って、ご飯も毎日おいしいし、ママ好き!帰りたくない!という思いが増していった。別れの日は、ママもマイクも私も泣いて、離れたくなかったけど、また戻ってくるという約束をした。でも、もっとママとコミュニケーションをとっていればよかったと後悔している。自分から「〜していいか」「〜してもらえるか」ということは言えたけど、ママからの質問には、YES、Noなどでしか答えられなくて、自分の英語力の無さを改めて実感した。○○が楽しかった、○○がおいしかった、と、連れて行ってくれたところの感想を言ったり、日常会話をもっとしていればよかったというのが反省点だ。次、またママに会うときには、もっと喋れて、自分の意思を言えるようになっていたい。 

■ 自分で出来るようになることの喜び 宮崎県宮崎西高校附属中学校3年 和田 明夏  
ホストマザーは朝起きてくるのが少し遅く、朝ごはんは自分で作らないと食べられません。はじめのうちは、シリアルに牛乳を入れて食べていましたが、私の口にはあまり合わず、持ってきた日本食を自分で作って食べるようになりました。そしたら、自分で朝食を作ることができることに気付き、毎日、そうめんやみそ汁等を作って、使った料理道具を自分で洗ったりと、日本ではすべて母がしてくれていたことを自分がすることの難しさと、出来たことの喜び、そして、自立の難しさを学べました。23日間というのは長いです。普段スムーズにできていることが容易にはできないため、ストレスを感じますし、英語で話すことがおっくうに思ってしまいます。ですが、積極性を持ち、分からなくても一生懸命になって理解しようとし、うまく聞こえなければ、もう一度質問をして聞けば、次第に話せるようになると私は考えます。もし機会があれば、たくさんの国を訪問し、もっともっと多くの事を学んでいきたいです。本当に良い経験になりました。 

■ 心のエンジン 大分県稙田西中学校2年 金子 日向  
初めは、ホストファミリーのお家で、英語もうまく話せずに悩むことも多くありました。うまく伝わらなかったらどうしようって思ったりして、とても話すのが怖かった時もありました。次のお家に行ってから、少しずつ慣れてきて、やっとアメリカが楽しいって思えてきました。そして、初め一人で怖いとか、絶対もう一回ホームシックになるとか、後ろ向きになることしか考えていなかったけれど、だんだん「アメリカは一週間しかない!ずっと後ろ向きになっていても、何も成長しない!変わらない!アメリカに来た意味がない!」と思い出して、「頑張ろう!」と思ってきたので、ここで心のエンジンを入れて頑張りました。心のエンジンを入れたら、英語って魔法みたいって思いました。自分の気持ちがあって、伝えたいって思って伝えれば、分かってくれるって思って、分かってくれたときはもうすっごくうれしくて、初めて伝わったときは涙がでるくらい嬉しかったです。この体験を活かしていけたらいいなと思います。 

■ 両親への感謝 鹿児島県鹿児島玉龍中学校3年 有嶋 瞭  
アメリカという国に興味があったのは、中学1年生のころからでした。音楽、ベースボール、バスケットボール等を通して、行ってみたいという思いが大きくなっていきました。そして中3、受験・部活のない夏休みがやって来て、今しかない!と思い、お願いしました。とても高い金額で、「はい、いいよ」というわけではなかったですが、「なぜ本当に行きたいのか」という話を聞いてくれて、OKを出してくれた両親には、感謝してもしきれません。両親は僕のために、とても高いお金を出してくれましたが、そのお金を超えるいい経験にはまだなっていないかもしれません。これから、これをどう活かして生きるか、それが今からの課題だと思います。 

■ 人生で一番の宝物 佐賀県川副中学校2年 小部 叶愛子  
ホストファミリーは、私が卵焼きや折り紙、習字をしたらめちゃくちゃ喜んでくれて、休みの日には私が行きたい場所に連れて行ってくれました。でもそんなに良いことばかりではありません。寝ていたら、部屋の中でホストシスターが水鉄砲を始めたり、ホストファザーは私の名前を呼んでくれなかったり、辛いことも友達とのけんかもたくさんありました。でも、今ではそんなことありません。はじめて、こんなに人と離れることが悲しいことを知りました。はじめて、伝えようと必死になれば、言語が違ったって伝わることを知りました。夜に帰りたくなさ過ぎて泣いたこともあります。生きてきた中で、こんなに楽しくて幸せで、成長出来た3週間は、きっとこれからもないと思います。ホームステイに行かせてくれた家族、お金を出してくれたおじいちゃんおばあちゃん、泣けるほど大切な人たちと会うことができ、人生の中で一番の宝物を作らせてくれたみんなに感謝しています。 

■ アメリカで達成したこと 山口県宇部フロンティア大学附属中学校2年 古野 月雲  
アメリカで達成したことを書こう。1. アメリカでの使用金額150ドル以内!(これは考えて使うと結構残ったかも。)2. ホームシックにならない(これもまったくなかったな。)3. 名刺を配り終える(なんとか全部使い切ったよ!これは無理だと思った。)4. 初音ミクの帽子を買う(これはアメリカ関係ないな。)5. 部屋をきれいにたもつ(けっこう難しかった。)6. ホストファミリーと話しまくる!(がんばった!でたらめな英語でがんばった!)7. アメリカ人の友達を作る!(3人できたよ。ばんざーい。)8. アメリカ人になりきる(これは…出来たのか?)9. 日本を忘れる(結構かんたん。)そのほかにもいくつかあるけど、だいたいこんな感じです。 

■ 笑顔・反応・発言 宮崎県都城泉ヶ丘高校附属中学校3年 上徳 帝耀  
アメリカにきて必要と感じたのは、「笑顔」と「反応(リアクション)」、そして「発言しようとすること」の3つだ。笑顔でないと、アメリカ人は体調が悪いと誤解してしまう。反応がないと、楽しんでいないと誤解される。発言しないと、何がしたいのか分からないので、よい体験ができない。また、先生や行った先の人の話やルールは、しっかり聞いて守ることが大切だった。相手が話しているときは、しっかり聞くのが礼儀であり、アメリカの文化だ。理解できなくても、しようとしなくてはならない。アメリカの文化に触れて、驚くことをたくさん体験した。 

■ 自分を変えることができた 熊本県二岡中学校1年 川津 秋季穂  
私はこのホームステイプログラムを体験して、自分をちょっと変えられたかなと思っています。なぜなら、私は人が嫌いだけど、知らない人の家に住んだり、話しかけたり、仲良くなったりしたかったからです。私はほんっとうに人のことが大の苦手で、初対面の人だと体がこう直して、話しかけられるとろれつがまわらなかったりで、とにかく人見知りです。それをなおしたくて、このホームステイに参加しました。男子も女子も、グループ内では、みんな年上で「本当に大丈夫かな」と思ったけど、みんな親切で、少しだけホッとしました。一番怖かった男子も優しくて、話すことがとても楽しかったです。「男子とはこういう嫌な感じなんだ」という固定がい念がとれました。だから、少しだけ自分を変えられた気がします。 

■ アメリカで得られた達成感 宮崎県宮崎東高校2年 吉村 佳子  
私は18歳で、アルバイトばかりでほとんど勉強をしていない自分に、何ができるか考えたときに、いろんな経験をしたいと思い、このプログラムを新聞で見つけて申し込みました。ホストファミリーは、ホストファザーの仕事で日本に3年間住んでいたということもあり、日本で美味しかった料理に興味津々でした。台湾ラーメンが食べたいと言われたときには、そもそも日本料理じゃないし、ラーメンって作るものじゃなくて食べに行くものだと言いました。でも、よほど食べたかったらしく、結局作ることになり、なんちゃって台湾ラーメンを作りました。意外に味はまずくはなかったけど、おいしくもなく、本当に微妙でした。帰国する3日前には、インターネットで調べて、ホストマザーと再挑戦しました。とても美味しかった!他にも色々作りました。料理についての話は盛り上がったし、アルバイトをしていて無駄にならなかったなって思いました。 

■ きっかけはおばあちゃん 大分県耶馬溪中学校1年 江渕 麗葉  
私のおばあちゃんの家は民宿をしています。外国人のお客さんは、たまに来てくれるし、少しはその人たちのことを知っているつもりでした。それらのお客さんと話すことがとても楽しかったし、むこうも楽しそうにしてくれていたからです。きっかけはそれでした。もっと向こうの人の文化を知って、もっと楽しく過ごしてもらいたい。自分ももっと楽しくどんな人と接しても、楽しいと思ってもらえるようになりました。一日一日を過ごす中で、たくさんの発見をしてきました。それは決して日本にいるだけでは発見できないことでした。絶対これからの役に立つと思うし、役立てようと思います。 

■ 人生を好きなことに捧げるアメリカ人 沖縄県昭和薬科大学附属中学校3年 神山 日向乃  
私はここにきて、たくさんの文化の違いを学びました。家族団らんの時間が多いことにびっくりしました。ホストファザーは、仕事が夏休みでずっと家にいました。家の事をしたり、子ども達とずっと遊んでいました。アメリカでは珍しくないそうです。アメリカ人は、楽しむことが上手だと思いました。言葉からも、文化の違いを確認できました。まず、年齢は偉さに関係ないということがうかがえました。そして、アメリカにはないけど日本にある言葉もいくつかあり、その中で、アメリカに伝えたいと思ったのが、「もったいない」です。アメリカでは、食べ残しが目立ち、キッチンからも食べ物に敬意を払う様子は見えませんでした。全体を通して考えたのは、アメリカはやっぱり「自由の国」だということです。細かいことを気にしないのも、自分のやりたいことをするためだと思うし、ホストファザーが「アメリカ人は仕事以外に自分のやりたいことがたくさんあって忙しい。」と言っていたのも印象的でした。人生を、自分の好きなことに捧げられる人たちなんだと思いました。 

■ 英語に対する捉え方が変わった 鹿児島県喜界高校2年 八木 碧佑  
日本を旅立つ前、私は目標をたてました。それは、「英語を好きになること」です。どうしても苦手意識からか、好きにはなれませんでした。アメリカに着いてみると、話している英語が全く分からず、大変困りました。でも、自分から積極的に話したりすると、私の英語レベルに合わせて、簡単な単語を用いたり、ゆっくり話してくれたりと、本当に優しい人ばかりでした。日が過ぎていく内に、自然と英語が好きになりました。今では、学びたいという気持ちでいっぱいです。今思うと、英語に対するとらえ方が180度変わった気がします。今までは、英語は教科でしかなくて、それ以上それ以下でもありませんでした。ですが、今は、英語は世界を繋ぐための一つのツールだと思っています。英語に対する苦手意識がなくなったのも、このように思えたからです。アメリカに来てみないと、私には分からない感覚だと思います。本当に参加してよかったです。 

■ アメリカで発見したたくさんのこと 宮崎県門川中学校2年 大山 隼晴  
初日の夜、明日の朝食は何かな?と心配しながら寝た。朝起きたら、なんとライス!とてもうれしかった。その日の朝食は、ライスとシリアルと、果物だった。ランチは、サンドウィッチとチップスと果物。とてもシンプルだった。日本みたいに飾りつけもしなければ、色がカラフルな箱にも入れない。アメリカの人は、現実性を重視しているのかもしれない。夜ご飯は、ライスにのせるものが多かった。肉、野菜などをのせて、一緒に食べるというものだった。道は、右側通行で、日本みたいに右や左に曲がる専用の道路がないところもあった。とても広く、小石が道路にたくさんあった。信号機は縦型で、歩行者用には「止まれ、歩いてよい、赤だが歩いてよし」の3つあった。授業をした高校も、日本の高校と違いが大きく、広い中庭があった。靴箱もなく、靴のままどこでも行った。 

■ BAKE SALEを通して学んだこと 大分県玖珠美山高校1年 松下 文香  
特に印象に残っている出来事は、アメリカならではのBAKE SALEです。前日の夜にホストマザーたちと一緒にブラウニーを作り、みんながお菓子を持ち寄って、お金を稼ぐことで寄付を集めるものです。みんなが暑い中、プラカードを見せてまわり、日本の文化のものとお菓子を売ります。初めて自分たち自身でお金を稼ぎ、どれだけ自分の家族が頑張って働いてくれているのか、改めて実感しました。私は売り子をやって、人がどうしたら買ってくれるのか工夫をし、働くことには頭を使うことも必要で、人とコミュニケ―ションを図り、接客を行いました。高校から大学へ行ったりするとき、必ず私もアルバイトをすると思うので、この経験を活かし、接客業を行いたいなと思いました。 

■ アメリカでの充実した日々 鹿児島県修学館中学校2年 春山 芽郁  
出発の日から今日まで、アメリカでたくさんのことを学んだ。けんかもあったし、ストレスとの戦いも少なくなかった。自分のイメージとまったく異なる生活もまた、楽しかった。最初は小銭が分からずに、パンパンに膨れていた財布は、今ではダイエットに成功したように小さくなったと思う。ただ、日本と異なる数字には慣れなかった。気温や重さなどだ。英語は上手になったと思う。日々の練習の成果なのか、授業のおかげなのかは分からないが、前よりも身近な存在となった。しかし、人とのふれあいや絆に、言葉の壁などないと思った。英語があまり話せない私でも、たくさんのアメリカ人としゃべることができたし、友だちになることもできた。毎日が充実していて、本当に来てよかったと思えた。

>>  2017年度

ホームステイの実態調査「参加者の意見」もご覧ください。

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