アメリカの小学校(わんぱく留学)・中学校(ジュニア留学)に、体験入学し、現地の児童と一緒に授業を受ける小学生のためのホームステイプログラムの現地からの活動報告です。

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2012年 わんぱく留学/ジュニア留学 活動報告
  

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Lacey 活動レポート 04月04日 (水) - 5日 (木) 【写真】

  出発の朝。集合時間の8時半になると、ホストファミリーに連れられて、生徒たちがKmartの大きな駐車場に集まってきた。車から降りて、スーツケースを押しながらバスに近づいてくるホストファミリーの後ろから、神妙な顔で日本の子どもたちがついてくる。ホストファミリーにもらった大きなぬいぐるみを抱えている女の子たちもいた。全員がそろったのを確認してから、バスの前で最後の集合写真を撮った。そして「じゃ、みんな行こうか」と声をかけると、ホストファミリーから抱きしめられ、ほとんどの子が泣き出した。日本の生徒が泣くと、ホストファミリーも泣きだす。バスの前で、みんなで暫くの間泣いた。「You can come back and stay with us anytime.」「I love you.」たった8日間しか一緒に過ごしていないはずなのに、こんなにも深い絆で結ばれるのはどうしてだろう。英語の分からない日本の生徒と日本語のわからないアメリカのホストファミリー。両者がお互いを理解しようと、妥協したり、あきらめたりすることなく、とことんお互いに近づき、自分たちの考えうる様々な手段を駆使して、8日間ぶつかりあったからだと思う。文化も言葉も違う二つの国に住む者同士が、相手を思いやる気持ちを持って、一緒に笑い、楽しみ、泣いた8日間だったのだ。なかなかバスに乗り込まない生徒たちに声をかけ、ほぼ無理やりバスへ乗せた。「いやだー。バスに乗りたくない。」という声があちこちで聞こえた。バスに乗り込んでも、泣き声は大きくなるばかり。みんな、ホストファミリーがいる方向の窓にはりついて、一生懸命手を振った。ホストファミリーも、私達のバスが出発するまで、ずっと手を振ってくれていた。日本の生徒たちは中学生と高校生。また、いつか、アメリカで出会った人々に会いに行ったらいいと話をしても、それが現実になるかどうか分からず、もしかしたら一生会えないかもしれないと、とても不安なのだと思う。でも、ホストファミリーと生徒たちは、まだ出会ったばかりで、今日が最後ではなく、スタートだ。今日の切ない気持ちを忘れずにいてほしい。

シアトル空港に着いて、チェックインをすまし、セキュリティーチェックを受ける。ここでTCのサンディーとクリスティーとはお別れ。サンディーに英語の「I love you」の手話を教えてもらって、列に並んでいる間も、みんなでずっと、二人に向かってI love you.のサインを送っていた。二人も、私達がセキュリティーゲートをくぐるまで、ずっと、泣きながら私達に手を振ってくれていた。二人は、心から生徒たちを愛してくれ、心から楽しんで、心から別れを悲しんでくれた。素晴らしいTCと共に過ごせた8日間だった。セキュリティーゲートをくぐって、空港内の電車のようなもので自分たちの搭乗口まで行き、定刻に少し遅れた飛行機で成田まで飛んだ。飛行機の中では感想文を書いてもらい、残りの時間は寝たり、映画を観たりして過ごした。成田に着いて入国審査、税関を抜け、バスで羽田空港へ。そして、定刻より30分ほど遅れて鹿児島空港へ無事に全員到着した。空港で保護者の皆さんに拍手で迎えられ、生徒たちは、照れながらも、ホッとした様子を見せた。

今回の留学で、生徒が学んだことは何だっただろう。それは、生徒によって違うと思う。ただ、ホストファミリーと過ごした8日間は、生徒たちみんなの宝物になるだろう。生徒の中には、ホストファミリーから家の鍵を渡され、いつでもその鍵を使って家に戻ってくるようにと言われた子もいる。実は、私も中学2年生の時に、初めてホームステイし、帰る時に家の鍵をもらった。その時のホストファミリーは、今では「ホストファミリー」ではなく、家族そのものだ。生徒たちも、お世話になったホストファミリーやアメリカでできた友達と、これからもずっと続いていってほしいと思う。

最後に、今回、ジュニア留学にお子さんを送り出してくださった保護者の皆様。ご協力とご理解、そしてご支援をありがとうございました。きっと、お子さんが不在の間は、心配な毎日であっただろうと思います。生徒は全員、とても積極的で、素直で、前向きな、素晴らしい子どもたちでした。この子たちの人生において貴重な10日間を、shareさせていただけたことを、大変ありがたく思います。とても楽しい旅でした。以上で、2012年ジュニア留学Lacey組の現地報告を終わらせていただきます。つたない文章を最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。いつか、また、皆さんとお会いできるのを楽しみにしております。

 

Lacey 活動レポート 04月03日 (火) 【写真】

 今日が、アメリカで過ごす最後の日。昨日の晴天がうそのように、今日は雨で肌寒い一日だった。今日は10時にSkatelandに集合。SkatelandはOlympia/Lacey地区にある唯一のローラースケート場で、誕生日などのパーティーによく使われる場所だ。これまで見学した学校でできた友達に今日のスケートパーティーの案内状をたくさん渡していたおかげで、多くのホストファミリーはもちろんのこと、これまで訪ねた学校の友達もたくさん集まってきてくれていた。日本の生徒には、あまりなじみのないローラースケートだが、アメリカの子どもたちは、小さな子から大人まで、ほとんどの人が上手に滑っていた。日本の生徒たちは、今日がローラースケート初体験の子も多く、靴を借りて、ベンチに座って履く、という所まではよかったが、ベンチから立ってリンクまで行く、という段階で、早速転んだり立てなかったりで苦労していた。でも、そこは、若い生徒たち。最初はぎこちなかった動きも、だんだんとコツをつかんで、2時間のスケートが終わる頃には、みんなだいぶ上手く滑られるようになっていた。日本の生徒の中には、自分でお金を払ってインラインスケートの靴に借り替える子もいて、そういう子たちは、やはりアメリカ人に負けない位上手に滑っていた。ロック調の音楽がガンガン流れる中で、アメリカの子どもたちが日本の生徒の手を取って、一緒にリンクをグルグル回って、とても楽しそうだった。時にはアメリカ人の男の子が日本の女の子の手を取ったり、アメリカ人の女の子が日本の男の子の手を取ったり、ということもあり、照れる日本人の生徒たちがかわいかった。みんな2時間ビッシリ滑ったので、きっと明日は筋肉痛だと思う。

お弁当を持ってきていた子と持ってきていなかった子に分かれ、それぞれ、持ってきていた子たちはスタディーセンターへ、持ってきていなかった子はマクドナルドに寄ってからスタディーセンターに再集合した。私は、マクドナルド組だったのだが、初日にあれだけ昼食の注文の仕方で困っていた子たちが、今日は立派に自分でなんとか英語を駆使して、オーダーしていた。これも、留学の成果だと思う。私が思うに、みんな「英語を話す」ということに抵抗がなくなったようだ。何を聞かれても、身振り手振りを加えながら、なんとか聞き取ろう、伝えようという姿勢がみられる。初日のオリエンテーションでは、ぽか〜んとしていた子たちが、今は、聞き漏らさないように、じっと耳を傾け、私の通訳なしでも、ほとんどのことを、なんとなくではあるが、理解している。子どもたちは日々成長しているようだ。若いっていいなぁ、とちょっとうらやましくなった。

午後の食事の後は、ものすごくバタバタと、いろんなことを消化した。まずは、今夜のさよならパーティーの出し物の決定、その練習、パーティーの司会の決定、今夜ホストファミリーに渡すプレゼントの作成、会場設営など、短時間で本当に多くのことをしなければならなかったのだが、みんな本当によくやってくれた。出し物も順調に決まったし、みんなで歌う曲の歌詞を部分的に知らない子がいれば、「私が歌詞を書きます」と言って書いてくれる子もいた。司会も進んで二人の子が挙手してくれた。ホストファミリーのプレゼントは個人の写真に感謝の言葉を入れて額におさめた物と、習字紙に筆でホストファミリーの苗字をイメージする漢字を書いた物の2つを作った。例えば、Parkさんだったら「公園」だったり、Belnapさんだったら「Bell」と「Nap」で「鈴昼寝」だとか。みんな自分のホストファミリーの名前をどうにかこうにか訳して、イメージを膨らませて、ユーモア溢れる漢字に直していた。会場設営は、男子が中心となって、出していた机を片付けて椅子をたくさん並べたり、日本から持ってきていたお菓子を袋から開けて並べたり。サヨナラパーティーの進行順も、一番盛り上がるようにと、生徒たちから意見が出て、土壇場で順番を入れ替えたり。とにかく、みんなが「このパーティーは自分たちが主催なんだ」という自覚を持って取り組んでいたように思う。

6時になると、ホストファミリーたちがどんどん集まってきた。まず、TCのクリスティーからホストファミリーへの感謝の言葉、そして、私の紹介などがあり、いよいよ生徒の出番。司会のユミとマユがしっかり役目を果たしてくれた。ピアノを弾いてくれる子がいたり、英語の物語を暗唱する子がいたり、リコーダーの演奏あり、ルービックキューブのパフォーマンスもあり、茶道の披露や、アカペラで独唱する子もいた。みんな、とても芸達者で、おまけに、あれだけの大人数の前でも臆することなく、堂々と発表していた。準備の時に、私が「何か出し物で必要なものが他にない?」と生徒に聞いた時に、一人の男の子が「勇気」と冗談交じりに言って、私も「それは、自分で克服しなさい」と笑って返したが、あれは、まんざら冗談ではなかったのかもしれない。確かに、とても勇気のいることで、でも、それをやり終えた時の充実感は大きい。今日、みんなは、また一回り成長したはずだ。ホストファミリーは、自分のホストしている子が前に出てくると、とても興奮して口笛を吹いたり、手をたたいたり、大きな声で名前を叫んだりする。ホストファミリーにとっても、自分の子がみんなの前で発表することは、誇らしいことなんだろう。最後にみんなで歌った「翼をください」「旅立ちの日に」「We are the world」も、とても美しかった。男子と女子がきれいにハモッて、ホストファミリーだけでなく、私も感動してしまった。みんながまじめに心を込めて大きな声で歌うのを見ていると、私は引率者として、とても誇らしく思った。みんな、よく頑張ったと思う。発表の後、TCの2人から修了証書をそれぞれ渡され、ホストファミリーにプレゼントを渡し、最後の家族写真を撮った。全員、初日にウェルカムパーティーで見せたカチコチの笑顔ではなく、自然に最高の笑顔で写真に写っていた。TCのクリスティーとサンディーから、再度ホストファミリーへの感謝が述べられ、私からも挨拶をし、用意されていた日本とアメリカの国旗をかたどったケーキと日本のお菓子を食べ、お開きとなった。

帰る前に私の元へわざわざ来て、「ホストして、すごく楽しかった。また、ぜひ日本の子どもたちをホストしたい。すばらしい体験だった」と言ってくれるファミリーがとても多く、びっくりするやら嬉しいやら。今年のジュニア留学Lacey組(またの名を、「チームかごっま」)の子どもたちは、ホストファミリーへの不満を言う子もおらず、また、ホストファミリーの生徒に対する不満もなく、とてもうまくいったと思う。大成功だったのではないだろうか。パーティーの準備のときに私が話した「自分たちがこれまでホストファミリーにしてもらったことを思い返し、今夜はホストファミリーのために自分が何をしてあげられるかを考えて過ごすように」ということを忘れずにいてくれたら、そして、これからも、ホストファミリーと生徒たちの友情、愛情が、ずっと続いてくれたらいいなと思う。

 

Lacey 活動レポート 04月02日 (月) 【写真】

  今日は、私たちがこちらに着いてから初めての晴天。今日はいろいろな場所を見学するため、戸外を歩いて周るので、天気が良かったことが何より嬉しかった。今日の朝は、ゆっくり9時に最初の見学の場である「Saint Martin's University」に集合。この辺りの学校は、土曜日から一週間の春休みに入ったため、たくさんのホストブラザーやホストシスターも一緒に参加してくれた。Saint Martin’s Universityは、キリスト教系の私立大学で、ESL(English as a Second Language)のクラスなどもあり、留学生も世界各国からたくさん来ている国際色豊かな大学だ。見学は、参加者全員を3つのグループに分けて、それぞれのグループに一人ずつ大学の教員がついて、学内をくまなく説明してくれだ。私立大学ということで学費も高いのだが、それにしても、設備がものすごく整っていて驚いた。体育館も、カフェテリアも、教室も、併設されている教会も、とてもきれいでハイテクで、私が通った日本の大学とは比べ物にならないほどすごかった。しかしハイテクなばかりでなく、キャンパスは緑がいっぱいで、歩いていて、本当に気持ちがよかった。いつか、この生徒たちの中にも、この大学に戻ってくる子たちがいるかもしれない。みんな「すごいっ」とため息ばかりついていた。見学から戻ってくると、私たちのために大学側がクッキーや飲み物などを用意してくれていて、さらに、カメラなどにつけて首から提げる「Saint Martin's University」のロゴ入りのストラップまでいただいた。至れり尽くせりとは、こういうことを言うのだろうか。今回の留学で、生徒たちは、中学校、高校、大学、さらには幼稚園との交流もあった。いろんな教育施設を見ることができ、有意義な留学となったのではないだろうか。学内を案内してくれた方々と一緒に集合写真を撮って、次の目的地へ。

ホストファミリーの車に分乗して次に向かったのは、Farmer's Market。しかし今日はFarmer's Marketの見学ではなく、車を停めるだけ。近くのビーチで写真を撮った後、歩いてダウンタウンを州議事堂めがけて歩いた。途中で少しだけお店に寄ったり、ランチを買って食べたりしたが、それ以外は、町並みを眺めながら、もくもくと州議事堂までの坂を登った。アメリカ人は足が長いし、子どもたちは若いから、みんな歩くのがとても速く、私は、みんなに遅れまいとついて行くのに必死だった。アメリカに来てからずっと肌寒い日が続いたのに、今日は歩くと汗まででてくるような陽気だった。みんながこちらにいる間に一日でも晴れて、「晴れた日のアメリカ」も見てもらえたので、良かったと思う。 州議事堂では、二つのグループに分かれて、下院や上院の議会室の説明を受けたり、あちこちにあるジョージ・ワシントンの肖像画の説明などを受けた。ものすごい速さの英語で難しい単語を使っての説明だったので、ほとんど生徒たちは分かってはいないだろうが、なんとなく雰囲気や議事堂の綺麗さは、印象に残ったのではないだろうか。そういえば、宴会場に置かれていたピアノを、特別に弾いてよいと言われ、真っ先に手を挙げたヒカルは、ピアノをとても上手に弾いていた。こんな時に、躊躇することなく、自分の得意なものをみんなの前で披露できる勇気は、みんなが見習うべきものであると思う。

州議事堂の外階段で写真を撮り、ダウンタウンにあるWashington Centerに歩いて向かった。Washington Centerは、演劇やミュージカルを行う劇場のことで、創立は1924年とか。何回かの改装の後に、1985年に現在の劇場に建て替えられたそうだ。観客を1,000人収容できる劇場で、ヨーロッパの劇場を真似して観客席が4階建てになっている。一番上の階の最前列に立つと、手すりも腰より下までしかないし、あまりの高さに足がすくんだ。日本では、あまりミュージカルや演劇などを観に行くということになじみがないので、日本の生徒たちは興味津々だった。ステージにも上がらせてもらった。そこで、案内役でこの劇場の最高責任者の方に「誰か歌ってみない?」と言われ、すぐに手を挙げたのは、やはりアメリカの子どもたち。3人がアカペラで上手にStand by meを歌った。「日本の子で歌いたい子はいない?」と聞かれ、私は「誰も歌わないかもなぁ」と心の中で思ったが、意外や意外、ノブが手を挙げた。ノブはビートルズの「Let it be」を大きな声で、上手に歌ったので、びっくりした。今どきの中高生は、度胸がすわっているらしい。その後、周りにライトがたくさんついている鏡のある、テレビでしか見たことのないような「楽屋」を見学して、最後にBlack Boxと呼ばれている、小さな方の劇場にみんな入り、質疑応答。質問は劇場内の設備のことから劇場の責任者のプライベートなことまで、実にさまざまなものが出て、聞いていて、とても楽しかった。「質問は?」と聞かれると、すぐにあちこちで手を挙げるアメリカ人の子どもたちの姿は、日本の子どもたちに少なからず影響を与えていると思う。Washington Centerから、また歩いてFarmer's Marketの駐車場に向かう。今日は本当にたくさん歩いた。私は、明日筋肉痛に間違いない。でも、子どもたちは明日もきっと元気でしょう。明日がアメリカで過ごす最後の日。「帰りたくない」という声も聞こえるようになってきた。しっかり、最後まで、元気に、前向きに、過ごしてほしいと思う。

 

Lacey 活動レポート 03月30日 (金) 【写真】

 今日の空は「曇り時々雨時々晴れ」だった。強い雨が降らない代わりに、今日は夕方になるにつれて、寒くなってきた。ズボンが膝丈だったり、薄着の子たちがいるので、暖かい服は持ってきていないのか尋ねたら「これしか持ってない」と。若いと、私ほどは寒さを感じないのか、みんなとても元気だ。昨日休んでいた子も、今日はすっかりよくなって、活動に参加することができた。食欲もあるし、笑顔もあるし、もうこれで大丈夫だと思う。一日で復活できるとは、これも若さか?

さて、今日はカトリック系私立のPope John Paul U High Schoolで午前中を過ごした。High Schoolと言っても、まだ新しい学校で、日本で言うところの中学3年と高校1年しか在籍していないらしい。ちょうど、日本の生徒たちと同じくらいの年齢だ。生徒数は40人。とても小さな学校で、昨日とは全く違う学校を体験することになった。いつものように7時半にスタディーセンターに集合して、3台の車に分乗して学校まで5分。玄関には、Welcomeと大きく書かれた紙を持って、数人の生徒たちが待っていてくれた。この学校は少人数のため、日本の生徒が7人ずつ4つの教室に分かれて入ることになり、玄関に待っていてくれた生徒たちが、自分たちの教室にそれぞれ日本の生徒たちを連れて行ってくれた。午前中は3時間目まであり、その教科は、アメリカ史や英語、科学や宗教などと言った、とても難しいもので、みんな「ぽか〜ん」としていた。宗教の授業などでは、アメリカの生徒たちが積極的に挙手し、自分の考えを述べる姿に、きっと驚いたことだろう。アメリカの生徒たちがテストを受けなければならない時間は、日本の生徒は食堂(この学校はとても小さいため、カフェテリアでスクールランチが買えるということはなく、全員がランチを毎日持参する。そのため、持ってきたランチを保冷しておく冷蔵庫や電子レンジやトースターなどが揃っていた)に集まり、特別に科学の先生が生物の進化についての4択のプリントをさせてくださった。みんなで辞書を一生懸命に引き、勘を頼りに問題を解いていた。

3時間目まで終えると、食堂でホストファミリーが持たせてくれたランチを食べ、学校の生徒たちにお別れをし、コミュニティーセンターへ移動した。今日の午後は、ここで幼稚園児との交流だ。幼稚園は28人の生徒たちを受け入れるには狭すぎるため、今日はコミュニティーセンターを借りて、ここに幼稚園児たちがやってきて、ここで交流することになったそうだ。子どもたちがやってくる前に少しだけ時間があったので、さよならパーティーの話をした。個人の出し物、みんなで歌う曲などを話し合った。時間がなくて、最後までは決められなかったので、週末にみんな考えてくるようにと宿題を出した。そして、TCのサンディーとクリスティーにさよならパーティーで渡すプレゼントのことも生徒たちに話した。みんなで一緒に買い物に行って決めるのがベストだが、それは不可能なこと。そこで、私がみんなからお金を預かって週末にでも買いに行こうかと提案すると、みんな首を縦に大きく振りながら賛成してくれた。私も含めた29人みんなが2ドルずつ出せば、一人のTCに約30ドルのプレゼントが用意できる。話がまとまると、みんながすぐに2ドルを握りしめながら、私に持ってきてくれた。一人も不満を言うこともなく、みんなが素直にTCへの感謝の気持ちを表したいという。素敵なことだと思う。私がみんなから2ドルずつお金をもらっているところに、クリスティーが入ってきたので、何に使うのだろうかと不思議そうな顔をしていた。2人が喜んでくれるようなものを選びたい。

幼稚園児との交流は大成功だった。これまで、同年代の子どもたちと難しい勉強ばかりを3日間してきていたので、幼い子どもたちの無邪気な顔に、みんな癒されたのだろうと思う。幼稚園児の緊張をほぐすために、最初はキラキラ星や幸せなら手をたたこうなどの日本語と英語の両方の歌詞のある歌を歌った。それから、子どもたちを日本の生徒たちが自分のテーブルに連れて行き、折り紙を折ったり、習字をして見せたり、日本のお菓子をあげたり、子どもたちと一生懸命遊んであげたりした。緊張してなかなか近寄ってこない子どもたちにも、優しく声をかけ、笑顔にさせようと努力する生徒の姿には感動した。とても優しくて、思いやりのある生徒ばかりだと思う。最後に、外の芝生の上に置かれたたくさんのイースターエッグのエッグハント(キリストの復活を祝うイースターという祭日に、小さな子どもたちが庭などに隠されたペイントされた卵をみつけてまわる遊び)を、日本の生徒たちと幼稚園児がペアになって行われた。「よーいドン」の掛け声とともに、小さな子どもたちの手をひいて、卵を拾いに行く生徒たちにほのぼのとした気持ちになった。拾った卵を小さな子どもたちの袋に入れてあげ、残ったものを自分たちがいただいた。卵の中には、チョコレートなどのお菓子が入っていたが、フリージアの球根などが入っているものもあり、それは日本には持ち帰ることができないので、ホストファミリーにあげるように話した。小さな子どもたちと一緒に過ごすのは、とても楽しかったようで、「え?もう帰る時間?」と驚いたようだったが、スタディーセンターに迎えにきてくれるホストファミリーのことを思い、みんなをせかして帰る準備をした。

スタディーセンターに着くと、ホストファミリーが次々に迎えにきてくれる。自分のホストファミリーの車が見えると、「あ、私の(ファミリー)だ」と日本の家族が迎えに来た時のような顔で車に駆け寄っていく。この4日間で、ホストファミリーの家に帰ることが当たり前になってきて、それだけ、ファミリーとの絆も深いものになりつつあるのだと思う。昨日の日記にも、心配事や悩み事などを書いた子はいなかった。みんなホストファミリーとも仲良く過ごしている。明日から2日間はみんなに会えない。自分たちだけの力で、2日間を過ごして、月曜日にはきっと今よりももっと自信に満ちた顔の生徒たちに会えるのが楽しみだ

 

Lacey 活動レポート 03月29日 (木) 【写真】

 今日も朝から雨。日本だったら、絶対に傘を持って出かけるだろうが、こんなに強く雨が降っていても、傘を持ってでかける人は少ない。さて、今朝は一人具合の悪い子がいて、その子には家でゆっくり休んでいるようにと伝え、生徒27人でワシントン中学校を訪問することになった。昨日と同じようにスタディーセンターに7時半に集合。そして、ホストファミリーの助けも借りて、車3台に分乗して中学校へ向かった。みんなすっかり英語になれたようで、私が「グッモーニーン」と言いながら生徒の元に走っていくと、みんな「グッモーニーン」と返してくれた。

今日お邪魔したワシントン中学校は、生徒数が700名ほどで、日本で言うところの6年生から中学2年生までが在籍している。創立何年か聞き忘れたが、結構新しい校舎だった。広いホールがあったり、体育館には筋トレのできる部屋が併設されていたり、多くのクラスで生徒一人一人に一台ずつのパソコンが与えられていた。玄関を入って、まず目についたのは、「Welcome to WMS」と書かれた張り紙。その紙には日本語で「歓迎 へ ワシントン中校学」と、おそらく翻訳ソフトを使って訳したのであろう、変な日本語で書かれていた。間違ってはいたが、歓迎してくれている気持ちは十分伝わってきたので、とても嬉しく感じた。図書室に通されると、そこには今日一日を一緒に過ごしてくれる、アメリカ人の生徒(バディ)が待ってくれていた。一人ずつ日本の生徒の名前が呼ばれると、バディが「その子は、自分のものだ」と嬉しそうに手を挙げ、日本の生徒一人とワシントン中学校の生徒一人ずつがペアになった。後で聞いたところによると、日本の生徒のバディになりたい子が日本人の数よりもはるかに多く、学校内で選考が行われたそうだ。選ばれたバディばかりだったせいなのか、本当に面倒見の良い子たちがバディになってくれ、とてもありがたかった。日本の生徒も、今日がどんな一日になるのか、ワクワクした様子だった。日本の生徒たちは、バディに笑顔(これがとても重要!)で自己紹介をしていて、私は「おっ、立派!」と心の中で拍手した。

それから生徒たちは、それぞれのバディに連れられて、授業に散っていった。日本では生徒に「自分の教室」があって、先生が授業のたびに入れ替わるが、アメリカでは先生が「自分の教室」を持っていて、一時間ごとに生徒たちが教室を移動する。生徒たちは自分のバディが授業を受ける教室を今日は移動して周った。数学や社会などの難しい教科もあれば、体育や音楽などのあまり英語力を必要としない教科もある。ランチタイムに荷物を取りに私たちが借りていた部屋に戻ってきた生徒たちの顔は、とてもいきいきしていて、充実していることが分かった。私が何気なく日本語で話しかけても、思わず英語で答えてしまう子もいた。それだけ、「周りに日本語を話せる人がいない」状況で、生徒たちの頭の中にも、スムーズに英語が入ってきて、英語が口から自然とこぼれるようになってきているのだと思う。一日の終わりに、日本にいる時よりも数倍疲れているのは、きっと母国語でない英語を聞き逃すまいと集中しているからだろう。ワシントン中学校の教頭先生によると、ほとんどのバディが自分の生徒に何かしらのプレゼントを用意してきているとのことだった。この留学は、日本の生徒にとってはもちろんだが、アメリカの生徒たちにとっても貴重な体験なのだ。日本の生徒たちはオリエンテーションで話したとおり、ほぼ全員が自分の名刺を作って持ってきていて、それをバディや仲良くなったアメリカの生徒たちに渡していた。私が中高生だった頃には考えられないことだったが、Eメールのアドレスを持っている子も多く、Eメールのやりとりで、こんな素敵な関係が、この子たちが大人になってからも、ずっと続いてくれたら良いと思う。

この学校は、ランチの時間に全員がカフェテリアでそろって食事をするには生徒が多すぎる。そこで、全校生徒を3班に分けて、ランチタイムをずらしていた。日本の生徒たちも、自分のバディのランチタイムに合わせて、一緒に食事をした。お弁当をホストファミリーが持たせてくれた子も多くいたのだが、今日はワシントン中学校のご好意で、私たちにはスクールランチをご馳走してくれるということだ。めったにない機会なので、全員がスクールランチをいただくことにした。受入れをしてくださっただけでなく、ランチまでいただくとは、アメリカ人の懐の広さには頭が下がる。ホストファミリーの作ってくれたお弁当を食べていないと、具合が悪いのかと心配したり、気を悪くするんじゃないかと心配する声もあったので(これは、プログラムの最初から言い続けている「相手を思いやる」という気持ちが生徒にあるという証拠です)サンディー先生に、全員のホストファミリーに今日学校がランチをプレゼントしてくれたことをメールで送信してもらった。驚いたことに、この学校のカフェテリアには、卓球台が数台あり、ランチを終えた子たちが遊べるようになっていた。日本の男の子たちもアメリカの子どもたちに混ざって、次の授業が始まるまで卓球をしていた。

授業が終わってからスタディーセンターに戻るまでに、少しだけ時間があったので、バディと一緒に、今日一日のお互いの感想を述べ合った。昨日までは、全くといってよいほど、自分から挙手することのなかった日本の生徒たちも、この時は、自分から進んで手を挙げて発言していた。子どもたちの中で、何かが変わりつつあるのかもしれない。このジュニア留学に参加した動機に「新しい自分を発見したい」と言っていた子がいたが、勇気をもって自分の殻を割っているのだと思う。素晴らしいことではないだろうか。アメリカの子どもたちの感想は「ものすごくバスケが上手だった」とか「絵がものすごくうまかった」など、自分の生徒は一番すごいんだ、というのを我先にとアピールしていた。バディ全員がそれぞれの生徒を褒めていて、褒められた日本の生徒たちは、嬉しそうに「Thank you」と言っていた。照れているのが、とてもかわいかった。スタディーセンターへ戻る車の中で、「今日は楽しかった?」と聞くと、みんなが「イエ〜ス」と大きな声で答えてくれた。まだこれから家へ戻ってからも、ホストファミリーとの交流が待っている。今日も「がんばれ〜」と言いながら、生徒に手を振って別れた。

朝、具合が悪く休んだ子も、今日ゆっくり休んで、調子がよくなってきたようだ。明日は全員そろって、また別の中学校で、また今日とは違った体験をしてもらいたいと思う。

 

Lacey 活動レポート 03月28日 (水) 【写真】

 今日も朝から曇り空で、日中は降ったり止んだりのワシントン州のこの時期の典型的な天気。予報によると、こんな空模様が私たちの滞在中は続きそうだ。朝7時半にスタディーセンターのColumbian Hallにホストファミリーの車で全員集合。みんな昨夜は長旅の疲れから、ぐっすり寝たと言っていたが、それでも、みんな一様に「もっと寝たかった」を連発していた。送ってきてくれたホストファミリーとも話をしたが、私に通訳してほしいことはあっても、特に生徒のことで困っていることなどないようだった。きっと、子どもたちがホストファミリーの家でも、いろいろな話を辞書片手にがんばってくれているのだと思う。その調子、その調子!

今回のプログラム用に借りてくれた15人乗りの大きな車と数台のホストファミリーの車に分乗して、今日一日を過ごすNew Skills Market Centerに向かった。この学校は、この地域にある12校の高校の生徒が、将来自分が携わりたいと思っているいろいろな職業の技術を、実際に学ぶことのできる技術系の高校だ。生徒のほとんどは、別の高校で国語や数学などのいわゆる5教科を学び、技術系の科目だけをこの学校で学んでいるという。日本にはない学校のスタイルなので、良い体験になったと思う。学校に到着して、生徒の第一声は「え? ここが学校?」というものだった。それもそのはず、アメリカの学校は、そのほとんどが平屋建て。日本の学校のように、上に高いのではなく、横に長い。生徒たちは、とても驚いていた。

今日私たちのために用意してくれた部屋は、幼児教育を学ぶクラスだけあって、壁一面に幼い子どもたちが書いた絵が貼ってあったり、ままごとの道具があったりと、一見、保育園か幼稚園のようだった。ここで学ぶ生徒たちは、実習で実際に保育園や幼稚園で働き、その時間数で単位を修得するので、今日は私たちが拠点として使ってよいとのことだった。まず始めに、校長先生が歓迎の挨拶をしてくださり、オレンジジュースなどの飲み物とバナナブレッドなどの軽食まで用意していて、勧めてくださった。ボランティアで生徒たちを受け入れてくださっているのに、このような心遣いまで・・・。ありがたいことだ。生徒にも昨日から、感謝の気持ちはその場その場で言葉にするようにと話しているのだが、生徒たちからも自然と「Thank you」という声が聞こえるようになった。自分たちがここにこうしていられることは、多くの周りの方の助けがあってこそということを身にしみているのではないだろうか。子どもたちにとって、とても、大切なことだと思う。校長先生からの歓迎の言葉をいただいた後、学校のいろいろなクラスを説明している映像を見た。それによるとNew Market Skills Centerでは、看護や介護などの医療系や獣医やトリマーになりたい人の動物系、プログラミングやカメラワークなどを学ぶIT系、電気関係や車の整備などを学ぶエンジニア系のほかにも建築関係、幼児教育、金融関係全般を学ぶクラスなど、実にさまざまな科目を学べるということだった。それから、この学校の生徒たち数名が案内役となって、3グループに分かれて、学校内を案内してもらった。各教室で生徒や先生から教科について聞き、日本の高校とのあまりの違いに、みんな驚いていた。また、今日は、クラスの一つが「災害やテロが起こったときに、どうやって負傷者を助けるか」という訓練を実際にやる日で、地域の人がボランティアで負傷者になって、あちこちで血だらけ(糊や粘土や絵の具で作ったものですので、ご心配なく)になって倒れていて、生徒たちも負傷者をパシャパシャ写真に撮っていた。「心臓発作が〜」なんて言いながら胸を押さえているおじいさんもいて、その演技力には驚いた。本当に心臓発作が起こったのかと思った。生徒たちは「こんなの、日本じゃありえない」と言って感心していた。金融関係全般を学ぶ教室の隣には、実際に生徒が交代で働く銀行(これは、模擬ではなく、ワシントン州に実在する銀行の支店)があったり、動物について学ぶクラスでは実際に犬を飼っていたりと、驚いてばかりの学校見学だった。

そして、ランチタイム。この学校のカフェテリアでは、生徒たちが作った料理を安価で売っていて、それがとてもおいしいと有名らしい。生徒たちの半分くらいは、ホストファミリーから作ってもらったお弁当を持ってきていたが、残りの生徒たちは、カフェテリアで売っている料理を、自分で注文して自分でお金を払うということに挑戦していた。カフェテリアには、アメリカ人生徒たちもいて、日本の子どもたちから積極的に話しかける場面も見られた。ランチの後は、先ほど見学した内容を参考に、自分が受けてみたい授業を選んでそれぞれが散っていった。生徒たちが選んだのは、グラフィックデザインのクラス、ビデオゲーム製作のクラス、映像全般を学ぶクラス、車の板金塗装や修理を学ぶクラス、そして、先述した災害時における対処法を学ぶクラスだった。中には、思っていたよりも難しかったクラスもあったが、日本の学校にはない、今日のようなクラスを体験したことは、生徒たちにとって、将来の職業を考える良い機会になったことと思う。先生の一人が「興味があることがあったら、今、それを思い切り勉強しなさい。今の君たちくらいの年齢で勉強するのが一番ベストだ」とおっしゃっていた。私も、その意見に同意。若くて、やわらかい頭を持っている中学、高校の時期が一番伸びる時期だと思う。みんな、この留学でもいろんなことを吸収して、自分の好きなこと、興味のあることはどんどん勉強して、可能性を広げてもらいたい。

授業から全員が戻ってきてから、学校の先生から「今日、一番楽しかったこと、びっくりしたことは何だったか」と質問され、生徒たち全員が自分の感想を述べた。「生徒たちの化粧がすごかった」とか「服装がすごかった」などという外見の驚きや、「難しい授業をしていた」とか「アメリカの生徒たちは、とてもフレンドリーだった」などの感想が出ていた。生徒たちには、まだ人前で英語を話すことを躊躇する場面がけっこうある。「日本人なんだから、完璧な英語が話せなくても当たり前。失敗を恐れるな」という内容のことを話した。自分の殻をやぶって、みんながどんどん英語を使ってくれるようになるといいなと思う。雨の中、校長先生と記念写真を撮ってから、スタディーセンターへ戻る車に乗り込んだ。学校に直接迎えにきてくれたホストファミリーもいて、写真撮影の前に帰ってしまった子もいたので、校長先生との写真に写っていない子もいますが、全員元気に生活しています。子どもたちが書いてくれた日記にも目を通しましたが、みんな今のところ、心配事や困っていることなどもないようです。ご安心ください。明日は、Washington中学校で一日を過ごします。今日と同じ7時半集合! みんな早く寝て、遅刻しませんように。

 

Lacey 活動レポート 03月27日 (火) 【写真】

 いよいよ、28人の10日間のアドベンチャーの始まりだ。真冬を思わせるような寒さの鹿児島空港に早朝6時半に全員集合。チェックインの後、見送りに来てくださった家族に挨拶を済ませ、羽田空港行きの飛行機に搭乗した。機内では、早朝集合のために寝不足なのか、ほとんどの生徒がうとうとしていた。羽田空港から成田空港へ向かうバスの中では、家族に持たせてもらったお弁当を食べたり、東京ディズニーランドのシンデレラ城やスカイツリーに興奮した。この時点までで数回、班ごとに集合、班長に人数確認をしてもらったのだが、みんなが自分の班のメンバーの顔を覚え、スムーズに集合、人数確認ができるようになっていた。28人という大所帯なので、これから鹿児島空港へ戻るまで、生徒全員に協力してもらって、安全に過ごしたいと思う。

成田空港での国際線のチェックインは、自動チェックイン機を使っての個人チェックイン。パスポートを機械にかざし、画面に出てくるいろいろな質問事項に答えていくというものだった。ユナイテッド航空の職員に助けてもらい、少し時間がかかったが、チェックインも無事に終了。スーツケースの規定の重量をオーバーした子は一人もおらず、感心! セキュリティーチェックを通り、搭乗口へ。私たちの乗るユナイテッド航空の出発時刻までは、時間に余裕があったので、少し解散し、その間に生徒たちはスナック菓子や本を買ったり、搭乗口近くにあるテレビを観たりして過ごしたようだった。

シアトル空港行きの飛行機に乗り込んでしばらくしても、ウロウロしている生徒が一人。理由を尋ねると、自分の座る席に別の人が座っていると・・・。その女性に座席表を確認してもらうと、座席表を見誤っていた様子。無事に自分の席に座れた生徒は、ホッとした表情だった。ハプニングは、いつ起こるか分からない。どんなハプニングも楽しんでいきたいものだ。

国際線の中では、自分の目の前についているテレビで映画を見たりして、それぞれが静かに過ごした。前もって注意をしていたので、みんなが少しでも多く寝る努力をしてくれていたと思う。飛行中に2回出た機内食も「意外とおいしいね〜」と言いながら、ほとんどの生徒が残さず食べていた。定刻どおりに飛び立った飛行機は、これまた定刻どおりにシアトル空港へ到着した。初めて入国審査を受ける子も多かったが、みんな「8 days」「Sightseeing」を何度も練習しながら臨んだおかげか、特に問題もなく、スムーズに入国スタンプを押してもらっていた。私が最後に入国審査を抜けたのだが、荷物のターンテーブルに行くと、もうすでに、みんなで協力してグループ全員のスーツケースを降ろしてくれていた。感心! スーツケースをゴロゴロ押しながら税関を通り、トラムに乗ってメインターミナルまで移動した。そこで、TCのクリスティー先生とサンディー先生、そして地域責任者のアシスタントであるゲイルさんが、赤と青と白のアメリカ国旗の色のレイを持って迎えてくれた。アメリカ人3人から笑顔とハグとレイで迎えられ、緊張で顔がこわばっていた生徒たちも、幾分か気持ちがほぐれたようだった。

空港内で第一回目の全体写真を撮り、バスに乗り込んだ。シアトル空港から私たちの滞在するLacey/Olympiaは、大体1時間ほどなのだが、途中でタコマモールに寄り、昼ごはんを買うことになった。ここで、またハプニング。私たちの伝え方も悪かったのだが、集合時間を告げる前に解散してしまった子が数名いて、10分間ほどモールの中で行方不明になってしまったのだ。これが、戸外だったらとゾッとした。このことは、後のオリエンテーションでも、厳しく生徒に指導した。生徒たちも真剣に聞いていてくれたので、これからは大丈夫だと思う。

スタディーセンターに着くと、オリエンテーション。これまで丸1日ほとんど寝ていない状態の生徒たちは、TCの2人の英語を聞きながら、少し眠そうにしていた。しかし、このプログラムで重要なことばかりの内容だったので、渡された資料を復習して、しっかり肝に銘じて10日間を過ごしてほしい。オリエンテーションは、生徒の眠気覚ましにと、それぞれの名前を覚えるためのゲームやフルーツバスケットなどをはさみながら進められた。途中で会場に来たクリスティー先生の娘さんのアシュリンには、休み時間に女の子たちが積極的に話しかけていた。この調子でホストファミリーとも積極的に交わってほしいと思う。

5時には、ウェルカムパーティーのために、ホストファミリーが手料理を持って集まりだした。それぞれのホストファミリーと対面するときの生徒は、緊張からか顔がこわばっていたが、前もって用意してきていた自己紹介をして、一生懸命話をしていた。ホストファミリーの中には、大きな紙に「Welcome○○」と書いた用紙を持ってきている方もいた。全員のホストファミリーが、この日を本当に心待ちにしていたと話してくれた。本当にありがたいことだと思う。今日は、サンディー先生の息子さんのアダムの11歳の誕生日ということで、ウェルカムパーティーには、プロのマジシャンも呼ばれ、ユーモアあふれるジョークや、よーく見ても全く仕掛けの分からない手品に、みんな大喜びだった。マジシャンに「Any volunteer?(誰か手伝ってくれる人?)」と聞かれたときも、日本の子達もアメリカの子ども達に負けないように手を挙げていて、とても嬉しかった。その「何でも楽しもう」という姿勢があれば、このプログラムは成功するだろうと思う。

1日目が終わりましたが、まずまずのスタートが切れたのではないでしょうか。みんなとても良い子たちで、私もとても助かっています。いろんなハプニングのあった初日でしたが、とにかく、みんな元気ですので、ご家族の皆様、ご心配されませんように。明日は、7時半集合。みんな、今夜はゆっくり寝て、明日も元気な顔を見せてくれることでしょう。


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